市川生まれ、市川育ち。

プロフィール

1981年10月28日生まれ(37歳)

市川市(八幡)

■市川学園幼稚園

■市川市立冨貴島小学校

■市川市立第三中学校

■千葉県立市川昴高等学校(旧市川西高)

■吉本興業(漫才師)

■明治大学法学部法律学科(自費・返済型奨学金)

■松下政経塾

【家族】妻

【趣味】漫才・落語鑑賞 野球観戦

【特技】剣道(初段)、サッカー、水泳

【好きな言葉】人間大事

【尊敬する人物】松下幸之助

私の歩み【漫画バージョン】

私の歩み

【幼少~中学時代】

サラリーマンの父、主婦の母のもとに生まれました。

近所の市川学園幼稚園、冨貴島小学校、市川三中に通いました。

当時、明治生まれの厳格な性格の祖母と暮らしていました。私はどちらかといえば手のかかる子どもだったのですが、祖母は特に私をかわいがってくれました。そして、たくさんのことを教えてくれました。

市川の歴史、国の歴史、戦前から戦後にわたる人々の心の移り変わり、そして人間の命の尊さ。自身の苦労や経験を通じて、生きていることへの感謝を教えてくれました。

父や母と同じくらいに、祖母と一緒に過ごした日々でした。


【高校~芸人時代】

地元の市川昴高校(旧市川西高)に進学しました。高校時代は、ほとんどお笑いのネタを作っては練習をしてみる日々でした。「高校に漫才やコントの部活があったらいいのに・・」と思う毎日を過ごしました。

高校卒業後は、吉本興業の養成所に入り、20歳で初舞台。テレビで観る世界と、実際に活動する世界は違いました。超競争社会です。

芸人生活での一番の誇りは、M-1グランプリ3回戦進出です。

漫才師としてのあらゆる経験は、今でも無形の財産として私の中に残り続けています。


【大学時代】

相方が病を患いました。私にとって相方は彼しか考えられなかったので漫才師を廃業。

18歳から約10年弱の芸人生活でした。

その後、周囲の支援に恵まれて再スタートを切るべく実家に戻り、大学受験に挑戦。

英語はbe動詞からのスタートでした。起きている時間はひたすら机に向かいました。

この苦しい時に手を差し伸べてくれた家族、友人の温かさは終生忘れません。

大学入学後は、病児保育、児童養護施設、介護、特別支援学級にボランティアで通いました。自身の挫折の中で、病や障がいはいつ、だれが当事者になってもおかしくない、ということを意識したからです。

しかし、社会には、もっと理不尽な困難の中で奮闘されている方がたくさんいることを知りました。苦しい時に助けてくれた地元の友人たちも、人知れず困難に直面していたことも知りました。

格差社会は、社会の中で厳しい立場にある人から先に呑み込んでいきます。その現実を目の当りにしたのも、この頃でした。


【松下政経塾】

 格差社会の中で、立場の弱い人たち、コツコツと真面目に生きてきた人たちまでもが、時代の波に呑み込まれていく現実に強い憤りを感じ、33歳で松下政経塾に入塾。

 在塾時は、障がい者福祉、地方自治を中心に研修に取り組みました。政治と福祉は切っても切れない構造があることを学びました。わが街で、後回しにされている福祉の分野があること(例えば、精神障がいの分野)も痛感しました。 (松下政経塾での活動はこちら)

市川には、今でも私にとって大切な人がたくさん暮らしています。

苦しい時に、私を支えてくれたのは地元市川で暮らす人々の汗と涙と人情でした。

今度は私が、汗をかく番です。